今回の参議院選挙について、注目すべきなのは、何よりも日本政治の直接選挙的な傾向が、国政選挙においても持続するのか、拡大するのか、あるいは収束するのかということだろう。
もちろん、「構造改革」に対する評価も大きなイシューではある。日本が取り得る選択肢がきわめて狭くなってしまった現在、小泉政権のかかげる「構造改革」が、あまりにも漠然としており、無内容だという批判は当を得たものだろう。だが選挙によって民意を問い、一定の支持を政権が集めた上で、より強力な政策を打ち出していくということは、充分にあり得る。
だがまた逆に、自民党の党勢が飛躍的に伸張した場合に、党内の危機感が薄れた結果「小泉おろし」を主眼とした党内抗争が勃発して、政治が完全に停滞をする場合も考えられる。いずれにしても、構造改革にたいする選挙の影響は仮定と、憶測の域を出ないので、今の段階では、選挙における現実的なイシューとして議論をするのは難しい。
しかし、小泉ブームという形で爆発的に開花した、すなわち石原都知事にたいする熱烈な支持にはじまり、田中長野県知事、堂本千葉県知事という形で引き継がれていった首長選挙における直接民主制的な気分。それが、もっとも非直接的な選挙である、自民党党員による総裁選挙という制度において点火されたのが、小泉現象のはじまりであったことは重要である。
実際には、全国民に比すれば、ごく一部にすぎない自民党党員の選挙による結果を、国民はあたかも自分たちの手で選んだかのごとく錯覚したわけで、その錯誤においてこそ、現在の政治状況の本質があるとともに、また今後の日本政治の行方も問われるべきだろう。その行方は云うまでもなく、日本の経済的、社会的危機全般の対処について、大きな意味をもっている。今ほど、戦争以来の日本の歴史において、政治が意味をもっている時期はなく、同時にその重要性は、日々増しているからである。
参議院選挙の帰趨において問われるのは小泉内閣に対する、非常識なほどに高い支持がそのまま政党への支持に直結するのかという一点だろう。都議会選挙においては、その直結ぶりが自民党の圧勝(実際の獲得議席は前回選挙並であったが、これはかなり慎重な候補者調整のためで、全候補者における当選者の比率は九割を超える高いものとなった)として証明をされた。
はたして国政選挙においても、その傾向は維持されるのだろうか。
あるいは、国政においては、小泉支持は自民党支持に直結しないのだろうか。
もしも、小泉支持がそのまま自民党支持として現れるのであれば、日本の間接民主制はいよいよ危機に陥ることになるだろうし、逆の結果であれば、代議制の生命力はまだ期待できることになるだろう。