京都には、よく行きます。
東京以外で、一番くわしいし、また親しんでいるのは、京都だといってもいいくらいに。
たぶん、ごく近く、というよりずっと通勤、通学の経路だった横浜よりも京都によく行っていますし、詳しいと思います。
今回、京都について書いてみようと思ったのは、前に書いたナポリでの体験から、刺激されたことが大きな要素を果たしています。
ナポリは、イタリア第三の都市であり、500万以上の人口をもった、ヨーロッパ屈指の大都市です。19世紀後半に、イタリアが国民国家として統一されるまでは、半島随一の先進的な都市でした。
サルディーニヤや、トリノといった北部の都市がイニシアティブをとった国家統一が進むなかで、反統一をかかげてきたナポリは、国政上での冷遇をうけるとともに、北部がフランス、ドイツとの連携のもとでの産業整備により、発展するとともに、その地位をどんどん低下させていきました。 こうした歴史的条件が、前に申しあげたような、インフラの不十分な、混乱をきわめる、犯罪も混乱も少なくはないナポリという都市をつくりあげたのです。
けれども、今日のナポリは、その混乱や、経済的な沈滞にもかかわらず、かなり魅力的な都市です。食事は旨く、市民は陽気で、市街にはコンビニエンス・ストアも、ファースト・フードもありません。
一方の京都はどうでしょうか。
私は、京都が、神社仏閣という水準だけではなく、日本でもっとも、持続的な文化が息づいている土地であることを認めるのにやぶさかではありません。
文化が息づいているというのは、こういうことです。分かり易く云えば、京都の祗園地区には、日本で一番、水準の高い和食が、軒を連ねてひしめいています。この競争の激甚さと、その競争から生まれる料理の質は、東京はもちろん、ほかの土地の料理を「和食」と呼ぶことに、強い抵抗を覚えさせるほどです。
にも、かかわらず、また、京都の破壊はすさまじいものです。
私は、四条のどん詰まり、八坂神社の鳥居の上に、東山が迫ってくるという眺望が、とても好きなのですが、数年前に、八坂神社の前に、コンビニエンス・ストアが出来たのです。この時ほど、京都における街路の破壊を身近かつ、危機的に感じたことはありませんでした。
たしかに、京都の街中は、わが国では珍しいほどの、持続性、一貫性をもっています。年末の顔見世といえば南座は華やぎ、錦市場の一癖も二癖もある魚屋、乾物屋が活気づくという図式は、かわりはしないでしょう。
実際、錦市場のような場所が、こんなに都市の中央部にあるというのも、あるいは、河原町のような目抜き通りに、質の高い、古書店や骨董屋が軒を連ねるのも、京都ならではのことで、ほかの都市には絶えてありえないことです。
けれども、破滅的なのは、バブル崩壊後の、コンビニとファースト・フードの進出でしょう。ナポリが、阻止しえているものが、なぜ、かくも短時間の裡に繁茂し、街並みの美意識を徹底的に破壊しえたのか。それが、京都のような、日本の文化、つまりはアメリカ風の大衆消費とは、水準も価値観も、隔絶的に違う土地ではびこることができたのか、ということを、今一度きちんと考えてみる必要があると思います。