i-mediatv.co.jp
banner
justice
banner
banner
banner
banner
justice_top
Profile
title
portrait
2000.12.29

 本稿は20世紀(12月29日)から21世紀(1月7日)にかけて掲載されるということだから、話題もそのような大きなものとしてみよう。
 はたして21世紀は、どのような時代となるだろうか。

 21世紀、世界は日本化する。
 ずいぶん大げさなことを言うようだが、実際に起きていることを見ると、そうなっている。例を挙げ出すと、それだけで簡単に数冊の本が書けてしまう。

 たとえば最近の話題から言えば、アメリカ大統領選挙の結果もそうだった。日本は世襲議員ばかりで問題だというが、アメリカも大統領が「世襲」となった。
 ブッシュ氏は長官やスタッフをゴア氏の側近からも起用するそうだが、それなら「たすき掛け人事」。
 では、なぜたすき掛けか? テレビ選挙となって以来、「大企業から多額の献金」をもらうようになったため、大企業の推薦する人物をスタッフにする。ということは、大統領は誰がなっても同じなのであって、これも日本の首相が「誰がなっても同じ」だといわれるのに追いついた(スペアがいくらでもある日本は凄い。それからアメリカも多元的になる)。
 新大統領はそのような状況であれば、大企業の保護をやるだろうから、それなら「経済第一」。自由と民主の看板は後回しになるのでは……(押し付けがましくなくなるので、これも日本化)。

 書いていくと切りがないのでここで止めるが、このような例がいくらでも出てくるのである。脱軍備、脱武器輸出、脱宗教、脱イデオロギー、経済第一、清潔第一、勤勉第一、平和第一、少子高齢化、女尊男卑、民主主義、自由主義、家族主義、省エネ、教育の普及、知識と文化の尊重……等々。いずれも世界はどんどん日本化している。

 では、なぜそのような現象が起きているのだろうか?
 その背後にあるのは、世界は相互乗り入れと相互影響の時代に入っている、ということである。
 別の言い方をすれば、一神教的な欧米の価値観が、東洋思想の価値に目覚めるということでもある。現にそうなってきているが、これからはもっとそうなるだろう。

 たとえば、話し合えば相互理解できるというのは「迷信」の一種で、何でも言語化できるという思い込みが先にあった。多くの問題で欧米的な建前と日本的な常識の衝突が始まっているが、この流れは21世紀には、欧米から日本への思想的な歩み寄りになるだろう。東洋のほうが歴史が古く、思想が深いからである。

 何事もお互いさまである。絶対の正義は存在しない。絶対の勝利は求めないほうがよい。永遠の真理はあらかじめには分からない。人間は間違い多き存在である。お互いに許しあって、過去は水に流そう――こういった日本の考え方や生き方が世界に浸透することだろう。

 最近、アメリカのテレビコマーシャルで、社長が出てきて「アイム・ソーリー」と言うのが出現した。マサチューセッツとテキサスとカリフォルニアで"謝罪は裁判で不利な証拠にはしない"とする州法が成立したからである。これも日本に似てきた(ただし、まだ辞職する社長はいないが)。

 いま、世界の大国はアメリカと日本である。
 20世紀とは、そこに向かってきた100年であった。
 そしていま、世界の各国は日米のどちらにつこうかと見ている。
 けれども一番良いのは、両方から良いところをとることだから、結局はそうなるだろう。

 アメリカも日本から良いところをとる。日本もアメリカから良いところをとる。他の国は両方から良いところをとる。したがって21世紀は東洋と西洋が学びあう時代になる。

 結局、世界はお互いによく似てくる。
 歴史眼を持って見れば、21世紀はそのような時代である。
 いま日本人に必要なのは、その自覚と、自信、そして世界への情報発信なのである。

(終)

justice i-mediatv.co.jp